*SAKULIFE*

音楽と桜とミルクティーをこよなく愛す、社会人の感情と日常の記録。

“素”とアンビバレンス。

“素”を出せるコミュニティと、“素”を出せないコミュニティの違いってなんなんだろう。
っていうのが、ここ数年のわたしの脳内ディスカッションの議題。
 
両極端な不器用だから、“素”を出せるコミュニティと“素”を出せないコミュニティがはっきり分かれてる。
 
大学4年生の時にゼミの友達との接し方が分からなくなった時から、自分の“素”についてすごく考えるようになった。
あの時は、ゼミ内でのキャラが、いろいろあってなくなってしまったから、立ち位置がなくなってしまって大変だったな。
その立ち位置はもう一生取り戻せないから、ゼミとの関わり方はもう一生わかんないけど、集まりがあるたびに呼んでくれる友だちに甘えて今も参加してる。
誘ってもらってない集まりがあって、その存在をTwitterFacebookで知るようなことがあっても全然かまわないんだけどな。だっていないほうが楽しいんじゃないかなって思うもん。
ゼミの友だちはみんな大人で、すごい申し訳ない。
 
会社でも“素”、出してない。
出さなくていいと思ってるし、出す必要もないと思ってるよ。
この会社に就職した以上は、仕事は「お金を稼ぐ手段」でしかないし。
平日を真っ黒に塗りつぶして、わたしは休日に全力で色をつけている。
そういう人生も悪くないと思ってるし、人生楽しい?って聞かれたらまっすぐに楽しいと答えられる。
 
でも、“素”を出さないコミュニティでそつなく生きていく方法が見つけられていなくて、どうしたらいいかなって最近すごく考えている。
不器用だから難しいよ。
 
その“素”を出せると出せないのラインってなんなんだろうって考えて、考え続けて、ついに見つけてしまった。
 
 
 
バンギャルカミングアウトしているかどうかだ。
 
 
 
ゼミでも会社でも、バンギャルであることをオープンにしてない。
ゼミの友だちは、これもまたいろいろあってわたしがライブめっちゃ行く人類であることは知ってるけど、わたしが如何にバンギャルという文化に骨の髄まで浸かってしまった人間なのか、ということは知らない。たぶん。笑
会社では一切言ってない。
 
ということは。
つまり。
したがって。
 
 
 
わたしの“素”=バンギャル。。。。。。?
 
 
 
という仮説が成立してしまう(と同時に証明している)。
 
ええええええええ!いやだよそんなの!!(コラ)
 
だって!!!わたしの中で“バンギャル”という部分はアイデンティティであると同時に、
バンギャルにだなんて!なりとおなかった!」
と定期的に言ってしまう非常にアンビバレンスな部分であってですな!!!!!!!
 
わたしをハンバーグのお皿に例えたら、バンギャルって要素はつけあわせの野菜くらいのポジションだと思ってたのに………。
まじか。
バンギャルって、ハンバーグなんだ。(語弊)
 
た、確かに大学時代の友だちに先日、
「彩良のバンギャは、一生もんだよ!」
「彩良からバンギャ取ったら何が残るかわかんないよ!」
と言われたばかりであった………。(次々思い出されるエビデンス………)
 
 
そうか、わたしの“素”って、バンギャルなんだ…………。
 
骨の髄までバンギャルだなと思ってたけど、そんなに自分のメインの部分にバンギャルという要素が存在しているだなんて思ってもみなかったです。
………え、思ってもみなかったのってもしかしてわたし本人だけですか………?笑
 
バンギャルをカミングアウトしないと心が開けないって、なんだか残念な人間だなぁと感じました。
適度な心の開き方を知らないな。もっとうまく生きてみたいよ~怖がりは生まれつ~き~(song by YUI
だけど、逆にいえば、バンギャルカミングアウトできてないコミュニティがゼミと会社だけなんだよね。
ゼミは知られているといえば知られているし。言わないようにしているだけで。
 
会社の同期も、中高の友だちも、大学のサークルも経済学部も、今も付き合いのある小学校の友だちも、大学時代の職場も、みんな理解あるからなぁ。
つまり、会社とゼミ以外では、きちんと“素”の自分で関われているってことなんだ。
それってすごく幸せなことだと思う。
大学ではもはや「バンギャ」っていうキャラだったし……。
それってどうなんってキャラ付けだけど、いやあ、めっちゃ生きやすかったね………。
 
 
“普通”を隠れ蓑にして日常を生きるべく、2016年はもっとうまく生きれるようになれたらいいなと思います(無理感)