*SAKULIVE*

音楽と桜とミルクティーをこよなく愛す社会人の、音楽についての感想文集。

60点の世界の中で。

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今日はBREAKERZのバレンタインライブがありました。

チケットは取っていたのですが、緊急事態宣言下であること、会社が在宅ベースでの勤務形態をとっていることから、関西から東京への遠征は断念せざるを得ず、2部を自宅から配信で視聴しました。

空席を作ってしまい申し訳ない気持ちでいっぱいですが、配信を観る限り、そこまで空席は多くなくて安心しました。
配信、実施してくださり、ありがとうございました。

1部の配信は来週からなので、
「初日は行けなくて、マイ初日が来週」
という気分で1週間生きていこうと思います。

1年ぶりのライブ

BREAKERZとしてはちょうど1年ぶりのライブでした。
ちょうど1年前の今日は鬼龍院翔さんのイベント“クソイベ”でした。
まさか、1年もライブを観られないだなんて、この時は思いもしていませんでした。
四星球のボーカルの康雄さん、スタンディングの観客の上泳いでフロアの中心まで行ってたのに。
超巨大鬼龍院翔人形がフロアを泳いでたのに。
そんなライブ、今では考えられないですよね。

しかも、今日行けなかったわたしはBREAKERZのライブを観られなかった記録を絶賛更新中。

なんてことなの。

今日のライブ、配信から拝見しましたが、とてもいいライブでした。1曲1曲に想いが込められているのを感じました。

願いが叶わなかった日

昨年12月のAKIHIDEさんのライブには無事に行くことができたのですが、その時、サポートメンバーのみなさんが揃って、4人の音が広がった時、
「帰ってきた………」
という感覚があり、嗚咽しすぎて死ぬかと思いました。笑

その時に思ったんです。

また、BREAKERZの5人がステージに揃う日は、絶対にその場で見届けたい。と。

今日のライブに行くことは、その日からの強い願いでした。
でも、叶いませんでした。

数分のタイムラグはあれど、ライブを配信で観られる、というのは、なかなか現地に赴けない人にとっては救いだと思います。

でも。
配信で観るというのは、それだけ、感動や空気感が削られてしまっているんだろうと思います。

わたし、現地にいたらどうしてたのかな。
と何度も考えました。

AKIHIDEさんの時、サポートメンバーのみなさんが揃った時、その登場の演出がサプライズ的だったこともあいまって、びっっっっくりするくらい泣いたんですよ。

今日は、最後は泣いたんだけど、意外と泣かないまま終わって。
現地にいたら、5人揃った瞬間泣いたりしたのかな。

“現地に赴けるのに、行かない”
という選択をして、もっと自分が、
「その場にいたかった」
と思うんじゃないかと思っていました。

でも、意外とそこまでは思いませんでした。
配信があったからです。

おそらく、アーカイブでライブがすぐに観られるこの時代、1本のライブを楽しみ尽くす方法は、
“現地でリアルタイムで観て、アーカイブ配信で繰り返し観る”
方法ではないかと思います。

この方法の楽しみが200点としたなら、配信でしか観られないのはどれだけ高く採点しても、60点くらいだと思うんです。
配信を“ライブ”という括りで採点するな、配信は0点だ。
と言う方もいらっしゃると思います。
その気持ちも、とてもよく分かります。

インスタントな娯楽

配信ライブって、ラーメンに例えると、有名店のインスタントラーメンみたいなものだと思うんです。

有名店のラーメン。
現地に行けばいつも長蛇の列。
長時間並んでやっと味わえる味が、インスタントラーメンなら、家で、お湯を入れて、数分待つだけで楽しめる。
味は絶対にお店で食べるより劣るけれど、“食べた気分”は味わえる。

配信ライブもそれと同じで、交通費をかけて、現地まで行かないと観られないものが、家にいながら観られる、インスタントな娯楽になっていると思うんです。

インスタントな娯楽。

間口を広げるため、現地に赴けない人のために、必要な選択肢です。

でも。

インスタントな娯楽に、人は慣れてはいけない。

そう思います。

この世には200点満点の世界がある。

それを分かっていても、配信の60点の世界に、慣れてきている、60点のインスタントな娯楽を甘受している自分に気づいて、こわくなりました。

楽しみと期待をあきらめるしかなかった1年

そもそも地方在住のわたしにとって、この1年間は、「楽しみにすることをあきらめる」「期待できない」ことに慣れていくしかない1年でした。

今日のライブのチケットを取ったときも、開催されるかは分からない、行けるかは分からないと思いながら、それでも行けることを願ってチケットを取りました。

月末のGRANRODEOのイベントも、ロデオガールと一緒に行く予定で、チケットもろ組でとってもらっていました。
でも、この状況で断念しました。

ライブを楽しみにしたり、ライブに期待すると、行けなくなったときのダメージが大きくなるから、楽しみにしない、期待しない。

今の状況は、何かを楽しみにすることや、何かを期待することを、人々からことごとく奪い去ってしまったと思います。

そうしてどんどん、わたしは“正気に返って”しまったように思います。

無理をする美徳

日帰り新幹線往復で東京に飛ぶ。
夜行バスで帰ってきてそのまま仕事に行く。
飛行機で関西から北海道や九州に日帰りで飛ぶ。

この状況になるまで、全国を飛び回ってライブに行きまくるのが当然だった頃は、“無理をする美徳”が存在していたように思います。

もう、正気に返ってしまった今は、正直考えられないです。

この状況になって1年。
1歳歳を重ねましたが、実年齢以上に老け込んでしまったような気がします。

もう、がんばれない

今日、行かなかった理由は、緊急事態宣言下であることと、会社の勤務形態が在宅ベースだからだと、冒頭に書きました。

でも、ほんとうは、その理由は自分にあるのかもしれないと、自分では気づいています。

ライブに行っていたら、家に帰るのは日付が変わります。
翌日は朝から仕事。

「もう、がんばれない」

そう思ってしまった自分がいました。

今日行けなかったのは、緊急事態宣言や会社の勤務形態は言い訳で、結局自分の中で、東京の距離が遠くなってしまったからなのかもしれません。

この状況でなければ、絶対に行っていたと思います。

でも、もう、今のわたしは、“無理をする美徳”を持っていません。

200点をとるほうが、絶対に楽しい。

それを分かっていても、60点でいい。
そう思ってしまったし、楽しみをもてない、期待もできない60点の世界に、自分自身が慣れてしまっている、ということに気づきました。

200点をとるために、わたしはもう、がんばれません。

60点の世界の中で

気づいたことがあります。

この状況下で、何よりこわいのは、コロナでも政府でも緊急事態宣言でもなく、

“何かを楽しみにすること”
“何かに期待すること”
をあきらめて、60点の世界で生きていくことに慣れきってしまった自分自身だ、ということです。

もし、元通りにライブができる日が戻ってきたとしても、同じように全国を飛び回ることは、もうないかもしれません。

応援は義務ではありません。
だからこそ、難しいところではありますが。


わたしはなんとか、抗いたいです………。