*SAKULIFE*

音楽と桜とミルクティーをこよなく愛す、社会人の感情と日常の記録。

背中合わせの太陽と月

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「この曲は、きっと愛する人が亡くなってしまったんです」

「僕は、死を、認めてしまう。
おじいちゃんとか叔父とかお世話になった人とか、亡くなってしまった方はたくさんいるけど。
でも、認めてしまったらそれは死、なんよなぁ」

たざわさんのお話を、例えニュアンスとて、書き起こすことができない。
まちがって伝わるのもこわいし、あんまり思い出せない。
きっと話聞きながら、すごく考え事をしていたから。

愛する人が亡くなってしまったんです」という、ような言葉をたざわさんの口から聞いたときに思い出したのは、AKIHIDEさんだった。
AKIHIDEさんは、愛する人を亡くした悲しみと、それを受け入れるまでのこころをずっとずっと、歌い続けてる。

その後に続いた、たざわさんの
「僕は、死を、認めてしまう」
という言葉に、深く共感している自分がいた。

わたしは、まだ、大切な人を亡くした経験が、あまりないけど。
それでも、そう、たざわさんがおっしゃるように“認めてしまう”タイプなんじゃないかと思う。

ここで、音楽に対するスタンスとか、ファンへの心遣いとか、AKIHIDEさんとたざわさんには、端から見ていて、共通点がものすごくたくさんあるのに、なぜか、同じステージに立って共鳴し合っている景色が思い描けない理由が、やっと分かった。

AKIHIDEさんとたざわさんは、背中合わせなんだ。

背中はぴったりくっついてる。
きっと、ふたりは、同じ部分を、響き合える部分を、間違いなく、持ってる。

でも、向いてる方向が正反対なんだ。

今日、たざわさんの歌声を聴いていると、たざわさんの歌声は、自ら煌々と輝きを放っているから、太陽みたいだなと思った。

エネルギッシュな強さに満ちた真っ白な光、雲に隠れて和らぐ光も、沈む時に深く染まる橙、いろんな色を持った、天高く上れば世界を光で満たせる太陽なのだと。

AKIHIDEさんは、月。
太陽の光を受けて、という意味ではなくて。
夜闇に一つ、道標となってくれる月。

たざわさんとAKIHIDEさんは、背中合わせの太陽と月なんだと思う。

ライブ中、このことに気づいた。

響き合える部分がたしかにある、
だからこそ共演してほしい、
それなのに、同じステージに立って共鳴し合う姿はあまり想像できない理由が、やっと、やっと。分かったよ。

中合わせだったんだ。

これまでずっと、
「たざわさんと共演してください!」
と願い続けていたけど、もうやめようと思った。

やめようと思ったけど、やっぱり翌日ライブを観ていたら、共演してほしいと願わずにはいられなくなってしまいました。
いつかそんな日が来たらいいのにな。
ガタフレはノーカンです!笑

太陽、といえば、DAIGOくんを思い出される方もきっと多いことでしょう。

DAIGOくんとAKIHIDEさんは、きっと、“向かい合える太陽と月”なんだと思う。

BREAKERZって、SHINPも含めて三者三様で、あまり3人の共通点について考えることは少ないけれど、それぞれ違う個性を持っていても、向き合って響き合える、だからこそ13年続いてるんだろうな、と思った。

そして、“向かい合う”というと、思い出さずにはいられなくなるのが、Waiveの時のよしのりさんとたざわさん。

向かい合うというか、たざわさんが直角に横向いてよしのりさんの方を向いているのか。
あんな客席に横顔見せて歌う人他に知らないよ。
よしのりさんが月、と言うつもりはないし、勝手な言及は避けるけれど、ここでもやはり、向かい合えるからこそ響き合うものがきっとあるんじゃないかなぁ。

さらに、“向かい合う”というと、やっぱりKing Gnuの常田さんと井口さんを思い出さずにはいられなくなるし、わたしはこの部分がWaiveと似てるからWaive好きな人には一度King Gnu観てみて欲しいと思っているのだけど、身勝手な連想ゲームはここまでにしておきます。


※たざわさんのライブの感想文なのに、AKIHIDEさんのことばかり書いていることや、何より、メンバーの関係性を消費しているように感じられることが不快な方もいらっしゃるかもしれません。
申し訳ありません。