今日はyouちゃんがサポートで出演されていた、浅葱さんのライブに行ってきた。
開演までの間、いろいろ考え事をしていて。
12年前のことを思い出していた。
12年前。
当時15歳のわたしにとってyouちゃんは、
“世界一のギタリスト”だった。
どんなことがあっても、youちゃんのギターがいちばんだと信じて疑ってなかった。
ギターが弾けない中学生の“いちばん”なんて、他人にとってはなんの説得力もないけれど、わたし自身にとっては、とてもとても大切な“いちばん”だった。
初めて好きになったギタリストを、音楽を、いろんな音楽に出会ってもなお、ずっと“いちばん”だと言えること。
中学1年生の夏に好きになったyouちゃんが、Janne Da Arcが、“ずっといちばん”であることが、中学生のわたしにとって、大きな誇りだった。
でも、2007年11月。
SWAPPING ROCK PARTYの時にお友だちからいただいた、Acid Black Cherryのフリーライブの映像を観て、世界が変わった。
当時はまだタイトルがなかった、「君がいるから」。
このAKIHIDEさんのアコギを聴いて感じた、衝撃と焦りは、今でも忘れられない。
「この人…めっちゃアコギうまくない…?」
アコギの音色の善し悪しなんて分かるわけがない中学生の耳にも、AKIHIDEさんの音は響いた。
AKIHIDEさんの奏でるギターソロの美しい響き、そして、Cメロのトレモロ。
当時はあの技法を“トレモロ”と言うだなんて知らなかった。
それでも、AKIHIDEさんのアコギの音色は、輝いて聴こえた。
これが、わたしがAKIHIDEさんを好きになったきっかけだった。
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わたしは焦った。
“youちゃんよりもアコギがうまいギタリストに、出会ってしまったかもしれない”
と思ったから。
このままでは、絶対に守りたい
“youちゃんは世界一のギタリスト”
という砦が崩れてしまう。
そんな焦りの中、元から行く予定になっていたのが、youちゃんのライブだった。
当時youちゃんは、精力的にソロ活動を行っていて、ギターインストゥルメンタル3部作の2作目「LIFE~the second movement~」をリリースしたばかりだった。
これがなんと、全編アコギのインストゥルメンタル作品。
このアルバムのツアーは、全国のカフェをたったひとりでアコースティックギターで回る、というものだった。
わたしは運良く、大阪のflamingo the arushaで行われる公演のチケットを手に入れていた。
AKIHIDEさんのアコースティックギターに心揺らぐ中、偶然にもyouちゃんのアコースティックギターを聴くチャンスを手にしていたのである。
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AKIHIDEさんとyouちゃんは、“アコースティックギターの役割”が全く異なるタイプのギタリストだと思う。
AKIHIDEさんは、“エレキとアコギの魅力が全く異なるタイプ”のギタリストだ。
エレキにはエレキの、アコギにはアコギの魅力がそれぞれにある。
もちろん、トレモロやスライドバーはエレキでもアコギでも用いるし、エレキでディレイを使えば、アコギでループマシンを使う。
礎となるAKIHIDEさんの技術はエレキ、アコギに共通して発揮されるけれども、その魅力はエレキとアコギで全く異なる。
それに対して、youちゃんは、“エレキの技術をそのままアコギでもやってのける”タイプのギタリストである。
youちゃんといえば速弾きに代表される高速プレイだと思う。
それをそのまま、アコギでもやってのける。
アコギとは思えないくらい凄まじい速弾きや、観ているだけだと何が起きているか分からないスーパープレイを連発する。
※個人の見解です笑
この、“観ているだけだと何が起きているか分からないスーパープレイ”を、わたしはflamingo the arushaで目撃することになる。
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youちゃんのライブの日、わたしが最も衝撃を受けたのは、本編ラストに演奏された「existence of the soul」だった。
スパニッシュ要素の強いこの楽曲で、youちゃんは凄まじい速弾きを惜しげもなく披露していた。
当時のわたしはライブレポにこう書いている。
会場全体が息をのんで、
youさんのギターテクに引き込まれているのを感じたもん。
もちろん私もその1人。
まじで鳥肌立ちました。
速弾きには真面目に感動しました。
youちゃん自身も、
楽しんで弾いてるって言うのが音に現れてた。
(当時15歳の文章…。どうにも偉そうなのを直したいけど原文ままで失礼いたします)
会場全体が、youちゃんのアコギに息を飲んでいるという実感、
たとえギターが弾けなくとも、凄まじくテクニカルなことが起きてると分かる速弾き。
そしてこの日、いちばんわたしが感動したこと。
それは、
“アコースティックギターという楽器は、弾いている人の感情を、音を通して伝えられる楽器なんだ”
と、知ったことだった。
この日のyouちゃんは、楽しんでいるということや感情の高まりが、すべてアコギの音を通して伝わってきた。
こんな音楽体験は、当時15歳のわたしにとって初めてのことだった。
「やっぱり、youちゃんは世界一のギタリストなんだ」
そう思って、ほっと胸をなでおろしたのを今でも覚えている。
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とはいえ、AKIHIDEさんのアコギも国宝級には変わりないので、この日から、わたしは、
「youちゃんも、AKIHIDEさんも、アコギはみんなちがってみんないい!!!」
という方に方向転換することにした。
その後、BREAKERZが10周年を迎えるまで、12年間。
youちゃんは、わたしにとっての“世界一のギタリスト”で在り続けたのである。
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BREAKERZが10周年を迎えたことは、わたしにとって、大きなターニングポイントとなった。
Janne Da Arcを待ち続けた時間を、ソロ活動を開始した2007年1月からとしよう。
(個人的にはもっと待ってた、と言いたいけど)
奇しくもBREAKERZの活動開始も2007年。
わたしがBREAKERZを、AKIHIDEさんを好きになったのも2007年。先述した11月の出来事である。
BREAKERZが10周年を迎えた2017年7月の時点で、Janne Da Arcの復活を待ち続けてから、既に10年以上の月日が経過していた。
「Janne Da Arcのライブに行く中高時代」を送るのが、中学1年生からの夢だった。
絶対叶うと思っていた。
叶わない訳ない、そう思っていた。
だって、好きになったの、13歳だったし。
でも、結局、Janne Da Arcのライブには、一度も行けなかった。
夢が叶わないかわいそうな人生を送ってると悲観的になっては、荒れた。
待てども待てども復活の知らせは来なかった。
それでも、
“Janne Da Arcは世界一のバンド”
“youちゃんは世界一のギタリスト”
という想いは、わたしの中で揺るぎなく、ずっと変わらなかった。
これだけ“いちばん”を守り続けた原動力がなんだったのか、今のわたしにもよくわからない。
でも、それだけ、Janne Da Arcが魅力あるバンドなんだと思う。
そう思うのは今も変わらない。
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Janne Da Arcを待っている間、コンスタントに活動を続けてくれていたのは、BREAKERZだった。
2007年11月にAKIHIDEさんに出会い、BREAKERZを好きになってから今日に至るまで、わたしは、
“1回もBREAKERZのライブを観なかった年”
が一度もない。
BREAKERZがコンスタントに活動していた証拠だ。
DAIGOくんが大ブレイクしてどれだけ忙しくても、AKIHIDEさんがAcid Black Cherryとの兼業がどれだけ大変でも、ソロ活動を経ても、SHINPがお茶の間の人気者になっても、BREAKERZはずっと、活動を続けてくれていた。
BREAKERZが10周年を迎えて、初めて。
わたしはようやく気づいた。
“ずっと同じバンドを応援する”
その夢を、BREAKERZは、ずっと叶え続けてくれていたんだ、ということに。
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この日から、わたしの優先順位(というと言葉が悪いけど)は、間違いなく変わった。
待てども待てども復活しないJanne Da Arcのメンバーよりも、ずっと応援させ続けてくれた、BREAKERZを、AKIHIDEさんを、大切にして生きていこう。
そう思うようになった。
この頃、Twitterのプロフィール欄から、絶対に消さずにいた
“すべての始まりはJanne Da Arc”
という文言を、消した。
絶対にyouちゃんと答えていた「本命」は、AKIHIDEさんなんだなと思うようになった。
youちゃんがいなければ、今のわたしはいない。 だから、大切だけど、“いちばん”高い場所より、もっと遠くにしまい込まれる存在になった。
2017年7月。
Janne Da Arcの解散よりも先に、わたしの中での限界が、既に来ていた。
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2019年4月1日。
Janne Da Arcは解散する。
解散理由が理由だっただけに、心はずたずたになったし荒れたけど、正直、解放されたんだな、と思っている自分も確かにいた。
“いちばん”の存在ではもうなくなってしまったし、待つことにはもう、何年も前から疲れていた。
憩い部のMCのお話を聞き、泣き、夏には福岡と大阪で直接、3人の想いを受け止めた。
3人は、
「これからも音楽を続けていく」
と言ってくれた。
でも。
わたしはもう、昔みたいな熱量で、みんなのこれからを応援することはできない。
そう思ったのが正直なところだった。
ごめんなさい。
憩い部のライブは、Janne Da Arcへの執着から手を放すきっかけになった気がする。
あの日鳴ったJanne Da Arcの曲たちは、決定的に2人欠けていたけど、欠けていたからこそ、わたしにとっては解散ライブのようなライブだった。
決断がもう少し早ければ、個人的な話だけど、2017年7月を迎えるよりも前に、何か物事が進展していれば、もっと何か変わることがあったと思う。
でも、遅すぎた。
“待つ”燃料も、“応援する”燃料も、何年も前に使い果たしてしまっている。
誰かを責めたいわけじゃない。
“わたしにとって”2019年4月、というタイミングが遅かっただけ。
解散という大きな出来事を、わたしひとりの感情で動かせるわけがないから、もう、わたしが離れるのはどうしようもないこと。
わたしが使える燃料は、ずっと応援させ続けてくれた人たちに使いたい。
この方向性が、この2年ではっきりと固まってしまった。
だから、Janne Da Arcメンバーのこれからは、わたしのペースで応援していこうと思っている。
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そんな想いの中で決まったのが、youちゃんのアコースティックインストゥルメンタルアルバムのリリースとツアーだった。
純粋に、これは行きたい。
わがままに聞こえると思う。
いろんなことがあったけど、15歳のわたしに、
“アコースティックギターという楽器は、弾いている人の感情の温度を、音を通して伝えられる楽器なんだ”
と教えてくれたのは、紛れもない、youちゃんのアコギである。
チケットは今先行の結果待ち。
行きたいとはいえ、
「イヴとクリスマスの大阪に、死んでも行きたい!」
みたいな気持ちは全くなく、関西で行ける範囲をいくつか申し込んだ。
どれか当たればいいな、当たった公演に行こう、くらいの気持ち。
それくらいでよいのだと思う。
ツアーはyouちゃんたったひとりで回るらしい。
12年前のツアーと同じである。
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時期を同じくして、AKIHIDEさんもまた、たったひとりでアコギを手にツアーを回る。
AKIHIDEさんは去年開催された“NAKED MOON”の続編。
去年はベーシストのすなぱんさんが一緒だったけど、今年は完全独奏スタイルらしい。
これってたまたまなんだろうか?
you've guitar a friendで5月、競演している2人。
以前ギターマガジンで対談したときは、
「ギターを叩くスタイルが同じ」
なんだと話していた。
何かきっかけがあったのかな。
youちゃんは12年前にひとりでツアー回ってるし、関係ないのかな。
そんなことをずっと考えている。
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2人のツアーはどちらも、11月初旬から始まる。
わたしがAKIHIDEさんのアコギに出会い、焦り、youちゃんのアコギに魅せられたのもまた、12年前の11月だった。
あれから12年。干支が巡った。
11月の2つのツアー。
運命めいたものを感じずにはいられない。
12年前のチケット。