*SAKULIVE*

音楽と桜とミルクティーをこよなく愛す社会人の、音楽についての感想文集。

2005.7.24~2019.4.1


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平成31年4月1日

Janne Da Arcが解散しました。

わたしは、Janne Da Arcをきっかけに、音楽に出会いました。
今も、わたしが音楽を聴く“軸”は、Janne Da Arcの音楽です。

Janne Da Arcがいなければ、今のわたしの人生はありません。

Janne Da Arcは、わたしに、人生をくれました。

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わたしは13歳の夏にJanne Da Arcに出会いました。
Janne Da Arcは既に、この年の3月に大阪城ホールでのライブを成功させていました。

結局、ライブには一度も行けずじまいでした。
13歳のわたしに、結局一度もライブに行けないまま14年後に解散すると伝えたら、きっと自殺してしまうと思います。
解散を知るのが、大人になった26歳のわたしでよかったです。
来週、27歳になるけどね。

中学生の頃のわたしにとって、Janne Da Arcは人生のすべてでした。
例えライブに行けなくても、すべてだったんです。

14歳の冬に、ぴらりと1枚の葉書が届き、15歳の夏からソロ活動が始まりました。

思春期のすべてを、わたしはJanne Da Arcの復活を渇望しながら過ごしました。
Janne Da Arcを全力で追いかけて思春期を生きるのが、13歳のわたしの夢であり、憧れでした。
絶対に叶う、叶わないわけないと思っていました。

だからこそ、荒れました。
ソロ活動続きでなかなかJanne Da Arcが復活しないことに、憤りました。

荒れても憤ってもそれは徒労にしかならず、気づけばわたしは中学を卒業し、高校を卒業し、大学をも卒業し、社会人になってしまいました。

社会人になった頃には、Janne Da Arcに出会ってからの月日は10年を超えていました。

そのうち、能動的に“待つ”ということに、疲れを感じてきました。
Janne Da Arcのいない日々”が、当たり前になっていきました。

そして、平成31年4月1日。

社会人5年目初日の今日。
Janne Da Arcは解散を発表しました。

メジャーデビュー20周年を来月に控えた、突然の発表でした。

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一度でいい、ライブに行きたかった。

13歳の夏の夢が、こんなにも長いこと叶わないなんて。
しかも、26歳まで待って、その幕切れが、こんな形の解散だなんて。
信じたくないです。

15歳からの12年間。
干支1周したよ。長すぎる。

でも、無の日々に区切りについただけとも思います。
復活の期待なんて、とっくの昔になくなっていました。

それなのに、こんなにも悲しいのはなぜ。

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Janne Da Arcを好きでいた日々は、決して幸せなものではありませんでした。

でも、Janne Da Arcは、たくさんの幸せに出会う、すべての始まりでした。

Janne Da Arcの存在がなければ、今のわたしはありません。

Janne Da Arcをきっかけに出会ったギタリストの哲学に触れて、中学生のわたしは救われました。

Janne Da Arcの存在があったからこそ好きになったバンドがいてくれるから、今も強くいられます。

その感謝は、これからもずっと忘れません。

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ka-yuにとってJanne Da Arcよりも大事なもの、が何なのか、わたしには分かりませんが、ka-yuの人生なので、ka-yuが幸せなように生きていってほしいです。

ただ。
あなたは、とても、とても、偉大なバンドのベーシストです。
それだけは、分かっていてほしかったです。

わたしにとって、Janne Da Arcの5人は、
世界一のボーカリスト、ギタリスト、ベーシスト、キーボーディスト、そしてドラマーが集まった、奇跡のバンドです。

yasu
youちゃん
kiyoちゃん
shujiさん

4人の、これからのますますのご活躍を、心より祈っています。

Janne Da Arcを好きでいられた人生を送れたことを、誇りに思います。
幸せな人生をありがとう。